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2009年7月13日 (月)

風の画家 中島 潔

風の画家と呼ばれている、中島潔さんの絵を見る機会を偶然ながら得ることが出来た。源氏物語に関する絵も展示されていたが、中島潔と言えばやはり童画だろう。題材は子供の生活の一場面を捉えたもの、そして更に、そのふとした一瞬を微妙なバランスで表現している。そこから人々は子供の可愛らしさを感じ取るのであろう。

子供たちの動きというよりは、子供たちの気持ちが伝わってくるような絵、私はそのように感じた。喜怒哀楽、いろいろな感情、それは子供にだってある。しかし、私は、かわいい子供たちというよりは、何か重苦しいものを感じながら多くの作品を見ていた。その理由が解ったのは、展示されていた作品の半分ほどを見終わった時の作品、その名前は「マッチ売りの少女」。

そこまでの数々の絵には、子供たちの笑顔が描かれたものは一切なかったのだ。そしてまた、この作品以後に展示されている絵にも、笑顔は一切なかった。笑顔が描かれていたのはこの作品だけ、そして、この作品だけが死後の世界を描いている。笑顔は死後の世界にしかないのだ。

私はもう一度最初から全ての作品を見てみることにした。可愛らしさを表現する方法として笑顔をあえて使っていなかったのかどうかを知りたかったからだ。私は絵画の評論家でも専門家でもない、たんなる絵が好きな人間である。したがって、私の見方は間違っているのかもしれない。そんな私が感じたのは、彼は笑顔をあえて描いていないのではなく、描きたいものがそれではなかったからなのだろう、というものだ。

よく見てみると、全ての絵から感じとれるものは、生活感であった。それも、重いもの。子供たちは自分の意思通りには生活できない。彼らは、家族の中でしか生活できない。子供の肩にも、いろいろなものがのしかかっている。しかし彼らはどうすることもできず、日々を生き抜くしかない。その一生懸命さが絵から感じ取れる、一生懸命、それは子供の特権、だからこそその絵からは可愛らしさも感じ取ることができる。

そんなふうに、私は感じた。そういう意味でよいものを見せてもらえた。

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