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2010年6月 6日 (日)

「春との旅」、映画館で予告編を見た時から観ることに
決めていた映画。今日やっとそれを観ることができた。

しかし、この映画を観る意味というものが、その時とは変
わっていた。というのは、先月末に父が他界したからだ。
私の父は74歳で他界したのだが、一番上の孫が21歳。この
映画の主人公である忠夫の孫である春は19歳。境遇は違う
ものの、長男ではないのだが家を継いだところ等、なんだ
か似た状況もあり、なんとなく、父とダブらせながら観る
ことになってしまった。

映画の内容については書かない。テーマそして描写ともに
よい出来なので、映画館で観てほしい。

この映画で感じたこと、それは「絆」。つくる絆と出来る
絆、見える絆と見えない絆、等等。いろいろな絆があるが、
人は何らかの絆を拠り所として生きている。いや、生きた
いと思っているという表現の方が正しいのかもしれない。

そして、その絆の存在に人はいつもは気がついていない。
しかし、無性に確認したくなる時がある。私もそう思って
はいたが、映画で再確認することになった。

私は父の意識があるうちになんとか会えることが出来たが
既に言葉は失っていて、アイコンタクトだけであった。し
かしそこには何とも言えない、暖かいものを感じることが
できた。

母に聞いたのだが、父の最期の言葉はこうだったそうだ。

「飯は食べたのか? そばにいてくれな」

それっきり父は言葉を発することが出来なくなったそう。
傍らで看病する母を労わる気持ちと、自分の素直な気持ち。
これを互いに理解できる、それが絆なのだろうと思う。

映画のエンディングは、予想通りのものであったが、これ
しかないであろうというものでもあった。しかし、絆は確
認できたのだろうと思う。私もそうだったから。

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